2020年10月1日木曜日

もう10月。

 大手ばかりじゃなく、仲間内でも舞台活動が徐々に再開してるらしく、とても喜ばしい。

僕は年内の舞台すべて延期中止だけど、ありがたいことにお稽古は継続できている。

まさか2020年がこんな一年になるとは思わず、もう10月。

僕にとっては、ゆっくりとしたペースの早く過ぎた一年だった。

先日、久しぶりにお稽古以外で人前で踊ったのは、母の弟子の結婚式。

家族ぐるみのお弟子さんで、医療関係者の方なのだけど、式披露宴ともに感染予防を配慮したシンプルでとても素晴らしい結婚式だった。

美しいものを見てときめいたり、人が集まって、喜びや悲しみを分かち合えたりすることは、今はいろんな制約があるけど、豊かな人生を送るために必要なことだとあらためて思う。

「美しいにっぽん」が、再びどんな形であれ、もどるといいな。


2020年5月2日土曜日

尾崎豊を聴く、そして歌いたくなる。

本日5月2日。
公演の中止延期が相次ぎ、3月中旬から約1ヶ月半、巣籠もりが続き、最初の頃は譜面や映像の整理をしていたけれど、渋谷区の保育園が緊急事態宣言をうけ臨時休園になってからは息子と濃密な時間を過ごす日々。たまに煮詰まり2歳半と本気で揉める事もしばしば。僕も子供並みのキャパだということを知る。
普段テレビは息子に占拠され、ジブリとトーマスとピタゴラスイッチのヘビーローテーションの中、少しの合間にたまたまEテレの「7人の小さな探究者~変わりゆく世界の真ん中で~」という番組を見た。

この番組は、p4c=philosophy for children「こどものための哲学」という教育を取材したもので、主体的な考えを育む取り組みを密着で特集している。
子供たちは、子供たちの言葉で子供同士の対話で、議題を話し合い、自分なりの結論を導いていく。
意見のひとつひとつが、みずみずしく、甘くも素晴らしい。
しかし取材の中、新型コロナ感染防止の為の休校が決まり、途中から切り口はドキュメンタリーに変わる。

p4cを通して、想いを言論化する子供たちの言葉が、まっすぐと胸に刺さる。
胸が響く、心がストンと落ち、泣きそうになる。

子供たちもいま、大人が思う想像以上に辛いのだ。
入学式、卒業式、受験、部活、試合、舞台、友達と過ごす休み時間や放課後や遊ぶ時間を奪われるのは、今の彼らにとって人生の大半を失うことに等しい。
子供は大人が決めたシステムの中で生活しなきゃいけない。
子供にも意見があるが、受け入れられず、不満をもっても、そのシステムの中で、大人になるしかない。
ただ、子供たちも今この状況を理解し、耐えているんだなと思った。


息子が保育園ごっこをたまにする。
「はい、みなさん座ってくださーい」

息子が蟻を探しに外に行きたいと言う。

2020年2月27日木曜日

霞始靆

今月の25日に38歳になりました。
お祝いのメッセージを頂戴した方々、ありがとうございました。
東京にきて20年、節目の年になります。初心にかえって励もうと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します。

38歳になって早々にあったいい事。
今日渋谷を歩いていると、入荷したてのマスク50枚入りを運良く購入。

ただし色は黒!

節目の年だし、これを機に、イメチェンも考えてみるか。

2019年8月9日金曜日

伝える気持ち

息子が唯一喋れる言葉「こっち」「こっちよー」

自分の要望すべてを、指をさしながら、この単語だけで伝えようとしている。

これ、あれだな。

僕が海外のレストランで「This one」と「please」だけで注文しているのと同じだな。

自分なりに伝える気持ちが大事なのだ。

2019年4月12日金曜日

感謝は後からやってくる

いくら焦げ付いたとしても、気を使わず金束子でゴシゴシ洗える鍋は手間がかかるけど楽だ。

テフロンの鍋は本当に優秀で、手間もかからないけどその分、焦げ付いた時には気を使う。
お前はユトリか、と思う。

僕は内弟子していた時に師匠の斡旋で飲食店で働いていた時の経験もあって、よく料理する。

師曰く、料理も舞台も段取りだ、との考えゆえ。

その店でも店長から「お前はバイトじゃない、修行だ」と言われとても厳しく丁寧に教えられた。
あまりにも厳しく丁寧に教えられたもので、絶対に一年勤めたら辞めてやると心に決め、連休もクリスマスも店にでた。

おかげでみるみる時給も上がったけど、結果、本当に一年で辞めた。
その後もちょくちょく店からヘルプの話が来たときには、やってやったぜ、と思った。
五反田の「デルフィーノ」今はない。

お蔭で料理することが苦にもなくなり、頭空っぽで専念する料理がストレス解消の一端になり、今もゴシゴシ鍋を洗っている。
テフロンも、面倒くさい優等生だけど、上手く付き合っている。
結局、好きでやってるんだな、これが。

今も時々その店のレシピのパスタやなんかを作る。
カレーは焦げ付くけど、ゴシゴシ洗えばいいし、洗えないやつは、違う付き合いをすればいい。今はとても感謝している。

2019年4月11日木曜日

教科書

人を教える時、教科書があればどんなに楽だろうか。
このページの問題があって、さぁ解いてみよう、考えてみよう。
正しい解があってそれを導く教示をする。

日本舞踊を教える時、初心者を教える時、毎回悩む。
せっかく月謝を払って来てくれているのだから、何か少しでも為になることを教えようと考えてしまう。
しかし、そもそもが日本舞踊教室で、踊りを習いに来てくるのだから、
日本舞踊だけ教えれば、そもそもそんなこと考えなくてもいいのだが、
日本舞踊には教科書はない。

流派やお稽古場によって違いはあるとは思うのだけれど、日本舞踊の習得には古典舞踊を何曲か稽古するしかない。
バレエや西洋の音楽と違って、いわゆる基礎練習がない。エチュードがない。
古典曲を習い続ける事によってのみ、基本の習得を可能にする。

教科書があればどんなに楽か。
はい、何ページの、ここの動きを今日はやりまーす。とか。

30歳から教え始めて、ようやく自分の教科書を築きつつあるが、それでも毎回悩む。
日本舞踊を通して伝えられるのは、何だろうか。
4月から新規の弟子を教え始めてるが、その方たちに日本舞踊を通して何かが残ればいいなと思っている。

教科書を作っている人はすごい。何から教えていいか分らない教師たちにも教科書だ。
そして教科書を使わず、教えられる人はすごい。
その分野では、その人自身が教科書であり、教えること、教えたいことがはっきりとある、金八とか。
もはや、教科書使って授業してないでしょ、あの人。

2019年1月31日木曜日

第一回「藤珠会」

2019年、平成31年を迎えて、はや一月が経とうとしています。後れ馳せながら、今年も宜しくお願いいたします。

本年1月27日に自身主催の、第一回「藤珠会」も無事終わり、これも偏に皆様方のお蔭様だと深く感謝しております。

主催する事、会主をすることで、よくよく色々な事を学びました。
嫌な事も良い事もありました。

舞踊界は魑魅魍魎の世界ですが、日本舞踊そのものは、素晴らしい芸術だと信じております。
救いは、門下一同が緊張や反省や失敗を含めても、舞台を楽しんでくれた事ですかね。
僕自身が踊る喜びは勿論ですが、お弟子が一所懸命にお稽古して本番を迎える喜びも、感じるようになりました。
弟子共々、次に繋がるよう、これからも共に精進していきたいです。

ご指導ご鞭撻下った先生方、ありがとうございます。
会を盛りたてて頂いた賛助、演奏、スタッフの皆様方、ありがとうございます。
特別出演して頂いた御家元様に深く感謝しております。

そして、豊之助先生。いらしてたら、ご叱正なされると思います。まだまだ足りない事ばかりです。がんばります。少しでも褒めて頂けるよう一生精進します。ありがとうございました。

藤間豊彦