2022年2月5日土曜日

藤間流 日本舞踊 黎明の会

明けましておめでとうございます。

先週の土曜日、2022年1月29日に日本橋劇場に於いて、気心しれた同志の、之宏、裕太郎、豊彦、直三、4名で勉強会を発足し公演を行った。

この会は、藤間流の継承と自身の研鑽と修養の為に、舞台活動を継続することを目的としております。

勉強会の立ち上げに際し、御家元に本会の名前をご相談申し上げたところ
『黎明の会』と命名下さり、そのうえ有難いことに、特別出演までして頂きました。
 
また、この公演に至るまでに藤間流の諸先生、諸先輩方に多大なる御協力を頂戴し、我々一同感謝の意を心に刻みながら精一杯舞台を勤めました。

舞台の反省は尽きないものの、終演して一週間。
公演による新型コロナウイルス感染の報告もなく、劇場のガイドラインに則り、無事やっと、公演が本当の意味で終了したので、ここに本会の想いを記します。


そもそも僕は、藤間流の若手男性だけで何か会を立ち上げたいな、とはもともと思っていて、最初のきっかけになったのは、平成19年に歌舞伎座で行われた藤間流大会。
「まほろばの四季」という作品に全国津々浦々、藤間流若手男女46名が集められ、お家元と舞台をご一緒させて頂いた。
みんな若く熱々で、その頃、稽古終わりやなんかで、この縁を大切にいつか自分達で勉強会ができたらいいね、と日々話しあっていた。
ほぼほぼみんな酔っぱらってもいたけれど、それが15年前。

その内、気心しれた者たちで、お互いに自分のお浚い会の手伝いをお願いしたりして親交を深めること幾年か過ぎ、僕が「文屋」を踊るときに官女をお願いしたのが、黎明の会の核になる方々。
平成26年宇都宮、やる気と不満を抱え、朝まで飲んで夢を語って、解決することなく管を巻いていた、それが今から8年前。

その後、本格的に且つ具体的に活動する手段と意志が固まったので、兎に角、行動に移してみよう、と有志で舞台に出演したのが、平成29年の藤盛会チャリティー公演。
国立小劇場での「風流船揃」。
そして翌年にも「六玉川」で出演し、この時に出演した4名が『黎明の会』となる。
若手とはいうけれど、もはや既婚者の方が多くなってきて、深酒を避けるようになってきた、それが今から5年前。

元号が変わり、令和3年に今回の公演の為に会場を抑え、御家元に会名を命名していただくも、新型コロナウイルス感染拡大の為、まるまる一年の延期を余儀なくされる。
日々変わる情勢に左右されながら紆余曲折あり、ようやく開催することができたのが、
令和4年1月29日、日本橋劇場。それが先週。

新型コロナ対策に万全を尽くし、皆様のお陰様で無事に終えたものの、活動は継続していくことに意義があり。
これから、より一層、真摯に藤間流の継承と自身の研鑽と修養に努め、謙虚に前進していく所存であり、次回は2023年、令和5年開催を目標としております。
決意が折れないようここに記す、それが今日。

そしてここから本公演にあたっての、感謝の意を記します。

十代の頃から、いつか一緒に舞台をしたいねと言っていた大学の同級生、立て浄瑠璃してくれて有り難う。
幕が上がる前セリから下がるとき目が合って心強かったよ。
これからも切磋琢磨しよう。

お囃子の先輩、いつもフワッとした注文を具体化してくれて有り難う。

スタッフの皆様、初めてで至らないこと多々あったと存じますが、影に日向にフォローして頂き有り難うございました。

また、流派の事ですが、藤の会、松の会の先生方、助言を沢山頂戴し、応援していただいた事、終生忘れず宝に致します。有り難うございました。
今回お稽古をつけて頂いた諸先生方、次回はもっと成長致します、深謝し猛省しております。有り難うございました。
ほか藤間流の先生方、先輩方、本当に有り難うございました。
皆様が口を揃えて私共に言われた通り、ご恩はいつか必ず、次代の藤間に返していきます。

最後に一番大切なお客様。
新型コロナウイルスも未だ終息しておらず、諸事ご多用の中、お越し頂き有り難うございました。
今後とも私共を見届けていただきたく、ご高覧賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます。


黎明の会
藤間豊彦